ハンセン病療養所・長島愛生園を訪れた時、患者となった母親が幼い我が子に 二度度会うことができなくなったと知り心を乱し、毎晩泣き叫んで最期を迎えた
と聞いた。キリスト者詩人・島崎光正さんの母は、夫に若くして先立たれ、家族 の事情で生後2か月の光正さんと生き別れた。母は心を乱し、その後精神科に入
院し20年して最期を迎えた。このことを知った光正さんは、母への疑いを感謝 へと変えたという。母が子を思う逸話である。
創世記35章には、イスラエルの祖ヤコブの妻ラケルが難産でベニヤミンを生 んですぐに命を落としたと記している。母ラケルは、親の愛情なく育つことを余
儀なくされた子を不憫に思い、永遠に泣き続けているとされる。ラケルの墓はエ ルサレムの北10キロほどのラマにあり、そこを通る人々は「ラケルが泣いてい
る」と言い交わす。
どんなに愛情の深い母親でも、死んでしまっては何もできなくなる。ただ悔し さが残される。そのラケルに神様が、あなたの悲しみが顧みられ、あなたの息子
たち(ユダの人々)は戻ってくる、そのように神は計らうと言われる。それは、 ルカ福音書7章で、ナインという町で、一人息子が死んで泣き続けるやもめにイ
エス様が「もう泣かなくてもよい」と言われた、その時のイエスの深い慈しみを 思い出させる。イエス様は、ご自身の死をもって私たちに復活の命をもたらして
くださった。神様の深い愛を示して下さった。
イエス様は、この世にあって病人を癒し、人々を憐れまれた。憐れむという言 葉は、原語でスプラングニゾマイ、腸(はらわた)が痛むという意味。はらわた
とは、女性の子宮のことだとする人もいる。つまり、イエスの憐れみは、母の愛 なのだということになる。
バビロンに打ち負かされたエルサレムの多くの人々は、捕囚の民とされ、遠く バビロンへ連行された。エルサレムから出てすぐにラマで一旦落ち着き、長い旅 に備えて隊列を組みなおした。いよいよ故郷から引き離される、その時、自分の 子ども(エルサレムの人々)のために泣く母、ラケルが思い出された。神は悲し みの淵に突き落とされた人々を覚えながら、悲しむ母ラケルにも希望があると語 る。ユダヤの人々を必ずここに戻すと神は約束される。一時の苦しみを経て、希 望があることを示される。
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