礼拝説教要旨

名は何というのか?

聖書:マルコによる福音書 5章1〜20節 説教:尹 成奎 牧師 日付:2026年7月12日

イエス様はガリラヤ湖を渡り、汚れた町とされたデカポリスで、悪霊に取りつかれた男と出会われました。彼は墓場を住み家とし、鎖を引きちぎるほどの力を持ち、人々を恐れさせていました。イエス様が「名は何というのか?」と尋ねられると、悪霊は「レギオン」と名乗りました。これはローマ軍の部隊名であり、当時エルサレムを包囲していた軍勢を象徴していました。

レギオンは豚の群れに入ることを願い、許されると二千匹の豚が湖に突進して溺れました。この出来事は、エジプト軍が海に沈んだ「十戒」の場面を思い起こさせ、ローマ軍の滅びを象徴するものとして語られています。

この物語から、第一に、主は最悪の場所にも来てくださる方であることを学びます。ローマ軍に踏みにじられた時代、人々は絶望しましたが、マルコは「主が我々のところへ来られた」と記します。第二に、悪霊は主に勝てません。光が闇を圧倒するように、清い主が汚れたものを支配し、癒してくださいます。第三に、癒された男は家族のもとに帰り、デカポリス全体に福音を伝え、多くの人が救われました。

最後に、私たちを支配する「レギオン」は何でしょうか。恐れ、不安、病、暗い心など、私たちを縛るものに対し、主は「名は何というのか?」と尋ねられます。私たちがそれを告白する瞬間、支配していた力はすでに敗北しています。主は私たちを新しくし、自由にしてくださいます。