礼拝説教要旨
人を憐れまれたイエス様
イエス様の時代、人々は貧しく、未来の備えよりも「今日の糧」を得ることが最大の願いでした。そのような弱く苦しい生活を送る人々に対し、イエス様は深い憐れみを示されました。群衆が三日間食べずに御言葉を求めて集まったとき、主は「群衆がかわいそうだ」と言われ、彼らを満腹にされました。
今日の聖書箇所では、安息日に会堂の片隅に立っていた「右手の萎えた人」が登場します。彼は働けず、貧しく、差別される立場にありましたが、イエス様は彼を会堂の真ん中に立たせ、善を行うことこそ安息日の本質であると示されました。そして「手を伸ばしなさい」と語られ、彼は癒されました。
この出来事から三つのことを学びます。第一に、主は弱く気落ちした人を深く憐れまれることです。第二に、主は人々が見下すような者をも用いられ、そこに神の力を表されることです。第三に、右手の萎えた人が勇気を出して御言葉に従ったように、私たちも弱さを主に委ね、主の前に進み出ることです。
主は私たちを愛し、憐れんでおられます。弱さや問題に支配されず、主の招きに応えて立ち上がる者とされますように、と祈りが結ばれています。