【福音宣教】  私の助けは天と地を造られた主から来る

私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るだろうか。私の助けは天地を造られた主から来る。」詩篇121:1-2)
 

東大総長であった矢内原忠雄先生は岩波書店から出版された詩篇の聖書講義の中で「 都上りの歌とはエルサレムの神殿礼拝の途上にある巡礼者たちが2組に分かれて交互に歌った歌である」と解説されています。今朝私たちも二組に分かれて交互に詩篇121篇を朗読してみましょう。いかがでしょう。私たちも巡礼者のような気分になりましたね。

1. 人生という巡礼の旅

今日から私たちは365日の新しい旅路を再び歩み始めます。人生は旅であると昔からよく言われます。人生の旅を歩むには 3つの必要なものがあると私は思います。 1はゴール目的地)2は折にかなった良き助け。第3は安らかな眠りです。

1)人生を旅に例えるならば、旅にはゴールが必要です。そうでなければ目的地を持たない散歩のような人生の歩みか、あるいは当てもなくあちこちさすらう根なし草のような虚しい人生になってしまかねません。一節の「山」とは シオンの丘に建つエルサレムの神殿を指すと言われています。私たち クリスチャンも「目を上げて」、地上の山々をはるかに超えた永遠の天の都すなわち神の国を目指す信仰の旅、巡礼者の旅を歩み続けています。新しい年も共に歩み続けてまいりましょう。人生にはいくつかの道が1人1人に備えられています。一つとして同じ道はあります。しかし、すべてのクリスチャンは「地上では旅人であり、寄留者であることを告白していたのです」(ヘブル11:13)とあるように、キリストの御国に通じる道をともに歩み続けているのです。

2)試練の時の良き助けです

私たちは 一度限りの人生を歩み続けていますが、決して一人では生きていくことができません。それほど私たちは強くないからです。ですから誰かの助けを借りながら、互いに支え合って生きています。孤独な人とは誰の助けも受けられない人を指しますが、もっと言えば心を閉ざして「助けてください」 と素直に言えない人こそ孤独な人といえるのではないでしょうか。

では、私たちの折にかなった良き助けはどこから来るのでしょう。試練の時の助けはどこから来るのでしょうか。それは空しく移り行く人から来るのではありません。ましてや人間の手によって造られた偶像の神々からは、なにも得ることができないことでしょう。良き助けは、天と地を創造されたまことの神から来る(2節)と聖書は教えています。心を開いて天と地を創造された唯一の真の神にはばかることなく助けを求めましょう。それを祈りといいます。全能者の無尽蔵の力は祈りによって引き出されます。もし祈りのパイプがつまってしまっているならば、神様からの恵みに満ちた供給はゆきわたりません。巡礼者の旅、それは祈りの道を歩む旅人たちの姿でもあると言えます。世の人々は祈りを知りません。キリストの名によって祈ることを学べたことは私たちの大きな財産ではないでしょうか。
「あなた方が父に求めることは何でも、父はわたしの名によってっそれをあなたがたにお与えになります」(ヨハネ16:23)

3)第3は安らかな眠りです

人生の1/3は眠りの中にあると言われています。人は疲れるとまぶたが重くなり、緊張が続き思い煩いが多く重なると眠りが浅くなります。不眠は深刻なダメージを肉体にも精神にも人間関係にももたらしてしまいます。思い煩いに対する特効薬それは、「神に委ねる」ことを学ぶことです。

神は 3 4にあるように 「まどろむこともなく、眠ることもなく」 いつも私たちを守ってくださるお方です。では何から守ってくださるのでしょうか。 「もろもろの災いと私たちの魂を永遠の滅
びから」守られる(7節8節)と約束してくださっています。神に信頼することを学ぶことこそ、人生の旅路をおだやかな思いで歩み続ける秘訣ではないでしょうか。
           

激しい嵐の中を旅客機が飛んでいました。乗客はガタガタと揺れる機内で墜落するのではないかと不安におののいていました。1人の少年が穏やかな表情で座っていました。となりの席の乗客が不思議に思い尋ねました。「坊や、 こんなに飛行機が揺れて、いつ墜落してしまうかもわからないのに、どうして平気なの?」と。すると少年はにっこり笑って答えたそうです。「だってこの飛行機パパが操縦っしているんだもん」 。 この少年の心にはこの飛行機を機長として操縦している父親への絶大な信頼がありました。 信頼は力です。 任せるこころは安らかな眠りをもたらします。 天地を造られた全能者に委ねる信頼の力の前には、恐れも不安も猛威をふるうことはできません。
悩みが消えてなくなることを祈ってはなりません。神様への信頼の心を大きくしてください、委ねることを学ばせてくださいと祈りましょう。

Ⅱ 神の守りと愛

詩篇121篇はわずか8節からなる短い詩にすぎません。しかしその8節の中に「助け」という力強い言葉が2回、「守る」と言う愛にみちた言葉が6回も使われています。

真実な力がなければ途中で力尽き助けることができません。真実な愛がなければ最後まで守ることはできません。天地を創造された全能の神に日々助けられ、十字架で死なれよみがえられたキリストの愛によって神の国を目指して地上の生活を歩む私たちは日々守られ、試練や困難のただ中にあっても希望をもって新しい1年を歩み続けることがゆるされているのです。それが巡礼者である私たちの旅です。感謝。 新しい年に祝福がありますように 

「どんな被造物も私たちの主キリストイエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできません」(ロマ8:39)